お客様らしい写真をお撮りする原田写真館のブログ



お客様らしい写真をお撮りする原田写真館 | 原田太一のブログ
かけがえのない「今」、日々の生活のなかでうすれゆく過去の記憶だから、「今」をカタチに残します。
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長寿の祝いと言えば、還暦・古希・喜寿・米寿などがあって各家庭でいろんなお祝いをすると思います。私の母は一昨年に70歳の古希を迎えました。お祝いするとなったときに何をするのが良いかと考え、「写真館で古希祝いの写真を撮るのはどうだろうか?」いうことになりました。今回はそのときのエピソードとその時感じたことなどをお伝えしたいと思います。
というのもその前の年に主人の父が亡くなり、「人は永遠ではない」ということを当たり前ながらに実感したからです。「70歳はきっとまだまだだけど、後から後悔しないように生きているうちにいっぱい感謝の気持ちを示そう」と思い、古希のお祝いはそれを示すのにちょうどいい機会だと思っていたのです。
お祝いをすることは決まりましたが、何をするのがベストなのかはなかなか決まりませんでした。私には弟がいるのですが、弟は弟家族(妻と娘)を連れて母と父と温泉旅行に行っていました。とても素敵なプレゼントだと思いつつ、私は離れて暮らしていて子ども達も幼かったこともあり同じことはできません。インターネットで「古希 お祝い」と検索してみても、なんとなくピンとくるものがありません。
そのとき主人が「お母さんの古希祝い写真撮ったら?」と言ったのです。それは私にとっては目からうろこでした。私は写真を撮るのが大好きで、子どもが生まれてからはお宮参りや百日祝い、誕生日に七五三とことあるごとに写真館で子ども達の写真を撮ってもらっていました。
ですが自分の親の写真を写真館で撮るという発想がなかったのです。
しかし写真館で写真を撮るのは子どもだけではない。
撮る機会が減った大人こそちゃんと写真館で撮ってもらうべきだと思うようになりました。
そして私はそう思い立つとすぐに母にスケジュール確認の電話をかけていました。
とはいえ、母は写真を撮られることが極端に苦手というか、そもそも慣れていません。
嫌いではないようですがどうしていいか分からないといった感じのようなのです。
きっとそのままストレートに「古希祝いに写真館でお母さんの写真撮ろうよ!」と言ったとしても難色を示されるのがオチです。
そこで私たちは「こっちに遊びに来ない?しばらく来てなかったし大阪案内するよ」とまずこちらに来てもらうことを提案しました。両親は福岡に住んでいて私は大阪なのですが、いつもはお正月やGWに私が家族と一緒に帰省するぐらいでもう何年も両親が大阪に来るということはありませんでした。長年犬を飼っており一人にさせられないというのが理由だったのですが、その犬も前の年に亡くなっていたので「そうね、お父さんも遊びに行きたいって行ってたからいいわね」とあっさりOKとなりました。
そしてその上で「上の子がもうすぐお誕生日で写真を撮りたいからお母さんも一緒に来て。せっかくだから娘と何枚か写真撮ろう」と伝えました。やはり最初は「写真」という言葉に少し構えていたようですが、孫と一緒ならということでこれもOKとなりました。私はすぐに飛行機と宿泊場所と、そして写真館の予約を済ませました。
そして迎えた古希祝い写真撮影当日。写真館にもスタッフの方にも事前に母が写真撮影が苦手なこと、孫たちと一緒に撮ることなどを伝えていました。カメラマンさんも十分に理解してくださっていて、まず孫たちだけの写真を撮り進めてくれました。そしてその合間に母の緊張をほぐすためにたわいもない雑談を母とたくさんしてくださいました。人見知りだけどおしゃべりは大好きな母はすぐにカメラマンさんと打ち解けリラックスした様子になっていきました。
それをカメラマンさんも見逃さず、孫たちと母の写真撮影に移っていきました。母はそれでもいざ自分が撮られるとなると最初はやや緊張気味でした。どうしても母の世代と言うのは写真館で写真を撮るというと、「カッチリ構えなくては」と思うようで最初は口を引き結んでいたのですが、撮影の合間にもカメラマンさんは冗談を言ったりして母を笑わせてくれました。
そうするうちに母もリラックスしてきたのか、撮られながらも冗談を返す余裕が生まれてきたようでした。
しかし私はカメラマンさんに「できれば父といっしょの写真も撮りたい」と伝えていました。
今回母の古希祝いではあるけれども、父にも日頃の感謝を形にしたいという気持ちがありました。そしてその年は結婚45年目で「サファイヤ婚式」というものにあたる年だったので記念にもなると思いました。
母はよく父とケンカしたり愚痴を言ったりする人でした。娘の私には気を許していたからというのもあるでしょう。だけどあるとき「でもお父さんと結婚してよかったって思うわ。頼りになるしね」と言っていたことがあります。夫婦の形はいろいろだと思いながら、私は母のその言葉がとても嬉しかった覚えがあります。
ですが父と母は写真館で写真を撮ったことがありません。
正確に言えば、私の娘が生まれた時にお宮参りの写真を一緒に撮ったりはしたのですが、自分たちが主役の夫婦だけの写真と言うのはこれまでなかったのです。それどころかスナップ写真でさえ、私と弟の写真ばかりで父や母の写真はほとんどありません。
私は父と母が生きる足跡を残さなければ、夫婦の歩みを形にしておかなければという思いが強くなりました。
カメラマンさんに呼ばれて父は戸惑い照れながらも母の隣に並びました。母と同じく最初は緊張して拳を握り、口を引き結んでいました。ですがやはりカメラマンさんの話術と言うマジックで二人は楽しそうに笑い始めました。そしてカメラマンさんに促されてお互いを見つめあって思わず吹き出してしまったりしていました。
私はその撮影光景を見ていてなんだか涙がこみ上げてきました。いつも私たち子どものことばかり気にかけてくれていた人たちだったけど、今こうやって自然体でカメラの前にいること。
そして二人ともシワが増えたなぁだとか、私が成人式で写真を撮ったときはこんな風に私を見つめてくれていたのかなぁなんて昔のことにまで思いを馳せてしまいました。
後日撮影したデータを元にフォトスタンドにしてもらったものをわが家の玄関に飾りました。結婚記念写真は両親が2人で向かい合って笑いあっているものです。それを見つめながら私はこの両親の子どもで良かったなとしみじみ感じました。また玄関にはわが家の写真や子ども達の写真のフォトスタンドも飾っているのですが、そこに両親の結婚記念写真が並び、家族の歴史を感じさせる場所になりました。
また後日に実家に帰省した際には、母はわが家と同じ写真を壁に飾っていました。「最初は結婚記念写真なんてって思ってたけど、撮ってもらって本当に良かったわ。お父さん、いつもは憎らしいこと言ったりもするけどこれ見てるとそんなことどうでもよくなるわ」と言っていました。
母の中でも写真と言うもののイメージが変わったようでした。
きっかけは古希祝い撮影をしたいということからでしたが、写真館で写真を撮ってもらって母と父の夫婦の絆、そして私たち家族と両親との絆もより深まったような気がします。
原田写真館|家族写真専用サイト
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