お客様らしい写真をお撮りする原田写真館のブログ



お客様らしい写真をお撮りする原田写真館 | 原田太一のブログ
かけがえのない「今」、日々の生活のなかでうすれゆく過去の記憶だから、「今」をカタチに残します。
その写真は日々の暮らしの中で家族みんなに笑顔を与えます。家族みんなの気持ちを優しくします。家族の証となります。

結婚を考えている彼女を、生まれて初めて家に連れて来た。
彼女、「お母さん、まだ、帰って来ないね」
母親には彼女が来ることは言ってある、母親は私の彼女に会いたくなくて帰って来ないわけではない、仕事が忙しいのだ。
父親が亡くなったのは私が小学校に上がった時、私が通った学校はエスカレーター式で大学まで進学可能なため授業料は高いのだが、母が休まず働いてくれたため学校を辞めずに済んだ。
私、「もしかしたら、今日も母さん残業かもしれない」
彼女、「もう少しだけ待ってみる」
付き合っている彼女は学校の後輩、後輩と言っても歳は離れており、彼女は私より8歳若い24歳。
彼女は私と違い裕福な家庭で育った、私も父親が生きているうちは裕福だったらしい。
「ガチャガチャ」、玄関ドアを開けたのは母親、
彼女、「お邪魔しております、私、A子(仮名)と申します」
母親、「堅苦しいのはなし、うちは母ひとり子ひとりの家庭だから楽にして」
楽にしてと言われても裕福な家庭で育った彼女は、自分からは座らない。
私、「座りなよ」
彼女、「手伝いましょうか?」
母親、「助かる、お茶を飲むコップを出してくれる?」
彼女、「はい」
「堅苦しいのはなし」と言った母だがいつもと違う、初めて見る息子の彼女に気を遣っている、彼女もまた同じ。
彼女はお茶を飲むコップを用意すると、
彼女、「小皿も用意しましょうか?」
母親、「・・・そうね・・・」
母親が買って来たのはスグに食べられる惣菜、惣菜はパックに入っており、いつもはパックのままテーブルに並べられ小皿を使うことはない。
母親が買って来たものにはお寿司のパックもある、母親がお寿司を買って来るのは給料日か何か良いことがあった時。
母親はいつものクセで、パック寿司に入っている醤油を直接、寿司にぶっ掛けてしまった。
母親、「頂きましょう」
彼女、「美味しそう、頂きます」
同じテーブルに母と彼女がいるのはメッチャ違和感、箸が進まない。
母親、「遠慮しないで食べて」
彼女、「はい」
「遠慮しないで」と言う割に、寿司を食べる母が飲んでいるのは彼女が入れたお茶、いつもは度数の高い酒を飲むのに。
いつもの私は好きな寿司から食べるのだが、その日は彼女が食べなさそうな寿司から食べた、母もまた同じ。
遠慮して彼女も箸が進まない、気まずい雰囲気なためテレビを付けた。
母親、「この人(タレントさん)、最近、離婚したでしょ?」
母と2人の時は、そんな話しはしない。
彼女、「この人、離婚したのですか?」
彼女と2人の時にも、そんな話しはしない。
母親、「食べなさい」
私、「うん」
母と2人の時は言われなくても食べる、珍しく惣菜を残した、母と2人の時はこんなことあり得ない。
食べ終えると、彼女が片付けを始めた、彼女の家では、それが当たり前らしい。
彼女が台所で食器を洗っていると、居間では
母親、「A子さん、体重は何キロ?」
私、「体重なんて知らねえよ」
母親、「A子さんのウェスト、メッチャ細いね」
確かに彼女のウエストは細い、しかし、それは食事コントロールをしているから、食べたら横になる母親とは違う。
母親、「あとは私がヤルから、A子さんはテレビでも見てて」
食べたら横になる習性の母親は、結局、いつものクセで寝てしまった。
【自分の母親のことを何も知らない息子】
彼女、「お疲れなのよ、お母さん何歳になるの?」
私、「うー・・・」
彼女、「母親が何歳かを知らないの?」
私、「・・・」
彼女、「お母さんの誕生日は?」
私、「うー・・・」
彼女、「誕生日も知らないの?」
私、「・・・」
彼女、「お父さんは、いつ亡くなられたの?」
私、「僕が小学校に上がった時」
彼女、「お父さんは、何歳で亡くなられたの?」
私、「確か〇〇歳」
彼女、「お父さんとお母さんは何処で知り合ったの?」
私、「父親と母親は同じ大学で同い年」
彼女、「だったら、お母さん今年、還暦じゃない」
【アルバムの中の家族】
私の中での還暦は高齢者のイメージ、ガムシャラに生き私を育ててくれた母親が知らぬ間に高齢者になっていたとは驚き。
彼女、「お母さん、風邪引かない?」
母一人子一人で生きて来ると、母親を気に掛けることはなかった。
私、「大丈夫だよ、太ってるから」
母親、「失礼ね、私が寝ていると思って」
私、「・・・」
やはり寝たふりをしていたか、私の母親は昔からこういうところがある。
母親、「ごめんなさいね、ウトウトしてしまった」
彼女、「お休みになって下さい」
母親は私の顔を見た、母親が私の顔を見る時は同意を求める場合、初めて彼女を家に連れて来たのだから、彼女がいるところで寝て良いわけがない。
母親からの視線を逸らすと、寝てはいけないと思ったのか、母親は写真が収まったアルバムを持って来た。
私、「アルバムなんて持って来なくて良いよ」
彼女、「私は見たい」
母親、「この赤ちゃん、誰だか分かる?」
彼女、「・・・」
このシチュエーションで他人の赤ちゃんの写真を見せる馬鹿はいない。
母親、「この子よ」
母が言う「この子」とは私のこと、母は私のことを貴方という時もあれば、名前で呼ぶ時もある、私のことを「この子」と言う時は私のことをガキ扱いする時。
彼女、「赤ちゃんの時は可愛いかったのね?」
母親、「この子、今でも可愛いいでしょ?」
母のこういうところは昔から苦手。
彼女、「・・・(苦笑い)・・・」
【子供の知らない両親】
母親、「これ誰だか分かる?」
私、「爺ちゃんだろ」
母親、「良く分かったわね、父親と間違えると思ったのに」
確かに私の父親は祖父と似ているのだが、見せられた写真は白黒、幼い私と映る父親の写真はカラーしかない。
母親、「だったら、これは誰だか分かる?」
私、「爺ちゃんだろ?」
母親、「ハズレ、お父さんよ」
父親が映る白黒の写真は初めて見た、両親が大学生だった時のカメラは高価だった、カメラが高価なら恐らくフイルムも高価、現像するのも高かったのだろう、結婚前の両親が映る写真は少ない。
高価だと滅多に撮れないため、両親が映っている写真はいずれも、おめでたい時の写真ばかり。
彼女、「ここって、もしかして?」
母親、、「そう、〇〇ホテルの庭で撮ったの」
〇〇ホテルとは今でもある格式高いホテル、父親が亡くなってからは貧しい生活を送って来た母親だが、父親が健在だった時の母親は、今の私がしているように人生を楽しんでいたのだ。
格式高いホテルで撮った写真の日付を見ると、12月でも2月でも無かったため
彼女、「もしかして、この日はお母さんの誕生日ですか?」
母親、「そうよ、お父さんがホテルで祝ってくれたの」
今でこそ太ってしまった母だが、父親と記念に撮った写真に映る母親は痩せていた。
母親、「これは何処だか分かる?」
彼女、「もしかして〇〇ですか」
母親、「良く分かったわね」
彼女が当てれたのは、彼女の両親は〇〇に別荘を持っているから。
母親、「だったら、ここは?」
彼女、「もしかして〇〇ですか」
母親、「A子さん凄いわね」
そこにも、彼女の両親は別荘を持っている。
各地に彼女の両親が別荘を持っているのも驚きだが、私の両親が青春を謳歌していたのも驚き。
母親、「A子さん、御両親は健在?」
彼女、「はい」
母親、「御両親はおいくつ?」
彼女、「父は65歳で、母は62歳です」
母親、「A子さんの御両親は私と同年代なのね・・・、今も働いてみえるの?」
彼女、「いいえ、60歳で定年退職してからは隠居生活をしています」
母親、「羨ましいわ」
私、「・・・」
【私に出来ること】
彼女を最寄り駅まで送って行く途中
彼女、「私、マズイこと言ったかな?」
私、「母さんは何とも思ってないよ」
母親は何とも思ってないと思うが、還暦の母親を働かせている自分がマズイと思った。
母親の待つ家に向かって歩いていると、道路沿いにある写真館が気になった。
写真館には赤ちゃんなどの写真が飾ってあり、どれも良い顔をしている。
飾られた写真の中には、還暦祝いで撮ったのか、赤い洋服を着た老夫婦がいた。
夫婦で還暦ということは同い年?私の両親も同い年、父親が生きていれば私の両親も2人で還暦祝いの写真を撮ったのかもしれない。
イヤ、間違いなく撮ったと思う、父親は母親のことを愛していたから、2人が愛し合っていたことは写真からでも明らか。
翌日も母親は朝から仕事、休みだった私は昨日見たアルバムを見直していると、祖父母の写真を発見。
父方の祖父母も母方の祖父母も還暦祝いで撮った写真がある、彼女に聞いてみると、彼女の御両親も還暦祝いの写真はあるとのこと。
育ててもらっただけで、母親に対し何もしてこなかった私。
父親が生きている間は裕福だっため、父方も母方も祖父母の還暦祝いの写真は写真館で撮った、彼女の御両親も写真館で撮ったらしい。
皆、キチンとしてるな、私は32歳、そろそろキチンとしないといけないな。
母親の休みに合わせ、彼女を含む3人で外食をした。
食事の後に母親を連れて行ったのは写真館。
母親、「貴方達、写真を撮るの?」
私、「俺達じゃないよ、母さんの写真を撮るの」
母親、「嫌よ私、写真なんて」
私、「母さん還暦だろ」
母親、「私にこんな格好をさせるの」
母親が指差したのは、以前、私が見た赤い洋服を着た老夫婦の写真。
写真館の前で撮る撮らないの言い争いをしていると、写真館のスタッフさんが「お待ちしておりました」。
母親、「貴方、予約してたの?」
私、「そうだよ」
母親、「A子さんも知ってたの?」
彼女、「すいません」
私と彼女に騙されたと思っているのか、母親は御立腹。
母親、「写真を撮るなら、もっと良い服を着てこれば良かった」
私、「服なんて何だって良いの、コレを着るのだから」
母親、「嫌よ、何それ、趣味悪い」
私、「母さん失礼だよ、この赤いベスト、彼女の母親が還暦祝いで着たんだぞ」
母親、「ごめんなさい」
彼女の、「お母さんに気にしないで、私の方こそ、母親が着たもので申し訳ありません」
写真館のスタッフさん、「福が回ると言い、使い回しをすることは良いことなんですよ」
私にも彼女にも写真館のスタッフさんにまで言われたら腹をくくったのか、母親は還暦祝い用の赤いベストを着させられた。
写真館のスタッフさんが母親の化粧直しをしてくれると、
彼女、「お母さんキレイ」
私、「・・・(それは言い過ぎ)・・・」
彼女の言い過ぎは母親も気付いていただろうが、それより赤いベストを着ているほうが気になるようだ。
母親の気分が変わる前に写真を撮り終える必要があるため、私が急かしていると
彼女、「はい、これ」
私、「これって、何?」
彼女、「私のお父さんが還暦祝いの時に着たベスト、貴方も一緒に着てあげて」
私、「嫌だよ、どうして俺まで赤いベストを着るんだよ?」
彼女、「お母さん1人じゃ可哀想でしょ!」
私、「還暦でない俺を撮ったらオカシイだろ?」
撮影場で彼女と揉めていると、写真館のスタッフさんが「息子さんも御一緒にどうぞ」
母親の横に座らされると、母親は腕を組んできた。
いつもなら「ヤメろよ!」と言うのだが、今日はめでたい日、父親なら母親と腕を組んだ写真を望んだと思い我慢した。
プロのカメラマンに写真を撮られるのは慣れてないためメッチャ緊張する、「笑って下さい」と言われても笑えない
。
すると、撮影場に彼女が入って来た、しかも、赤いベストを着て。
私、「どうしてお前まで、そんな格好をしているんだ?」
彼女は写真館で借りた赤いベストを着ており、母親・私・彼女の3人で還暦祝いの写真を撮ってもらった。
その写真を母親は喜び、家に帰るとさっそく父親に見せた。
遺影の父親はスーツを着ているのだが、母親・私・彼女の3人が映る写真を見えやすいよう父親の遺影に近付けると、3人が着ていたベストの赤色が反射して父親の着ているスーツが赤く見えた、すると母親は泣いた。
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