お客様らしい写真をお撮りする原田写真館のブログ



お客様らしい写真をお撮りする原田写真館 | 原田太一のブログ
かけがえのない「今」、日々の生活のなかでうすれゆく過去の記憶だから、「今」をカタチに残します。
その写真は日々の暮らしの中で家族みんなに笑顔を与えます。家族みんなの気持ちを優しくします。家族の証となります。

昨年、11月、写真館で家族写真を撮りました。ことの始まりは、義母の「家族写真を写真館で撮りたい」という一言から。はじめは「なぜ?」という気持ちが大きく、乗り気ではありませんでした。
何とか子どもたちだけ派遣することで済まそうと画策しましたが、義母の「家族全員」という希望に沿う形となりました。義母の還暦お祝いも兼ねていたため、お嫁さんの私が、そうそう嫌とは言えなかったのです。
成人式の記念に一人で撮ったことと、結婚する前に写真館で生まれ育った家族と写真を撮ったのが最後です。
子供が小さいときは、写真スタジオで子どもを撮りましたが、私は写りませんでした。
私はとにかく写真が苦手で、今の家族のアルバムに私が映っているものはほとんどありません。特に、都合よくポーズを決め、加工できるスマホの写真と違い、写真館の写真は、とっても素晴らしい環境で、腕の良いプロのカメラマンが、これまた素晴らしい機材を使って容赦なくありのままの姿を映してくれます。
「コロナ太りのせいでさらに太った自分を客観視などしたくない。」
そう思っていたので、とても憂鬱な気持ちで写真館に向かいました。
スタジオに入って驚いたのは、よくある無地の背景だけではなく、グリーンが置いてあったり、本棚のようなセットが置いてあったりしたこと。私の中で「家族写真」といえば、みんな着物かスーツを着てお母さんが椅子に座るあの構図。まさに結婚前に撮ったあの写真でした。最近の写真館事情を知らなかった私にとって、目からうろこのスタイルでした。先に到着していた姪っ子たちが、きれいにおめかしをして楽しそうにポーズをとる姿を見たころには憂鬱な気持ちが消えていたのでした。
各々、セットが終わったらまずは、義母と孫たち(息子たちと姪たち)で家族写真を撮ります。日頃から交流の多い子どもたちですが、この日は特別な衣装に着替えているせいか気恥ずかしそうにしていました。スタッフから声をかけてもらいながら和やかに撮影が進みました。義母が大変可愛がっている孫たちに囲まれ嬉しそうな顔をしていたので来てよかったなと思いました。
次に義弟家族。結婚写真でもよさそうなかわいらしいセットの前でにぎやかに写真撮影となりました。ドレスアップした姪っ子姉妹がとても華やかにセットに映えて、楽しい雰囲気の写真撮影となりました。
そして、我が家の家族写真。男の子の兄弟で、小学生ということもあり、あまり派手ではなくシックなセットで撮影しました。ポーズを決めて写真を撮るというよりも、会話をしたりしながら、日常の1コマを切り取ったような自然なショットでした。
そして、最後に総勢10名で大家族写真の撮影。小さな姪っ子たちは撮影に飽きて、ぐずり始めましたが、さすがスタッフの手腕で、おもちゃで気を引かせながら、素早く撮影を終えました。
あんなに嫌だと思っていた写真撮影ですが、撮影が終わったころにはすがすがしい気持ちになっていました。
11月初旬の撮影でしたが、出来上がりのデータが我が家にやってきたのは12月半ばのことでした。フォトスタジオとは義母が契約していたので、どれくらいの期間で出来上がっていたのかはわかりませんが、我が家にはデータで到着しました。
肝心の出来栄えは、思った通りの自然な雰囲気!
作り笑顔ではなく、自然な笑顔。笑顔でない不意の表情も、わが家族ながらすごく素敵に感じます。なによりひとつの画角に家族4人が収まっていることに感動しました。
私は写すばかりで写らなかったので家族がそろっている家族写真は初めてです。たったそれだけですが、改めて家族の絆を感じて、とても嬉しくなりました。
家族内だけの記念と思っていましたが、思いのほか良い仕上がりだったので年賀状の写真にすることにしました。すでに年賀状は「印刷するだけの状態」にしていましたが、慌てて写真を差し替えました。
これまでは、年賀状の写真は子供たちだけ写ったものを利用してきましたので、私も写った写真となると少し気恥ずかしさがあります。
いままで子どもの成長を報告してきたけど、今度はこの家族写真を使って「私も元気だよ」と伝えたい。
この大変だった年を無事に乗り越えたよ!
そう伝わったらいいなと思って、年賀状に載せ発送しました。
コロナ禍で迎えた、異例のお正月は例年通りとはいかず、帰省も泊りではなく簡単なあいさつのみにとどめました。義実家にいくと、玄関の一番目立つところに大きな額に入った家族写真が飾られていました。
思い返すと、我が家もそうであるように、義実家は男の子2人を育てた家であるためか、写真を飾る習慣がなかったようです。孫の写真を数枚、コルクボードに貼ってある程度。
仏壇の遺影以外、額に飾った写真は見たことがありませんでしたので、大きな額縁の家族写真が大変新鮮に感じました。
お年玉を預けてくださっていたお礼を言うために親せきに電話をかけると、みなさん口をそろえて年賀状の写真をほめてくださいます。
もう何年も年賀状だけでやり取りしていた古い友人からも「全然変わってない」とSNSで連絡が来て、「コロナで太ったんだけど」と返します。
何気ないやり取りですが、写真1枚載せることでこんなに反応があるんだと驚きとうれしさを感じました。
義実家に飾られた家族写真を見て、我が家も同じように額縁を買って飾ることにしました。
さすがに、急にリビングに飾ると違和感があるので、義実家と同じように玄関に飾ることにしました。
大きな額縁が通販で届いたとき、見慣れないものに子どもたちも驚いていましたが、写真をいれるとああそういうことねと納得しました。思春期なので嫌がるかなと思いましたが、特に反対することなく今も玄関にフォトスタジオで撮った家族写真を飾っています。
上記の通り、いわゆる家族写真の構図で、私自身に軽いトラウマ?のようなイメージを付けたあの写真です。
そういえばあの時、家族写真を撮りに行こうと言い出したのも「母」です。
上に述べたように、写真館で撮る習慣がなかった我が家なので、家族全員の反対を母が押し切って撮った家族写真でした。
学生で家族と写真など恥ずかしい弟。忙しい仕事の休みをつぶされた妹。私と同じようにそもそも写真嫌いな父。主役のはずの私も嫌々とっているものだから、笑顔も固く、映りも悪いというさんざんな結果になりました。
そのこともあって、私は長らく写真から遠のいたのですが、そもそもなぜ母はみんな嫌がっているに写真を撮ろうと言い出したのか。
改めてその時のことを思い返したとき、ふいに義母の楽しそうな笑顔を思い出し、
「理由なんてない。ただ思い出を残したかっただけか」と納得できました。
写真館で家族写真を撮るということは、特別な「思いで作り」のほか、理由はないのだと、腑に落ちました。
そしていつもそれを言い出すのは「母」なんだと。
息子たちが結婚するときかもしれないし、孫が生まれたときかもしれない。
「自分が写るのが嫌」という気持ちより「家族で写る写真が欲しい」と思う気持ちが勝る日が来たら、私も誰が何と言おうと決行するかもしれません。
その時は、やはり自然な写真を撮ってくれるフォトスタジオにお願いするでしょう。
でも、昔ながらの硬い表情の家族写真も案外いいかもしれません。
実家のどこかに眠る私の結婚前のトラウマ家族写真も、
いずれ見返し「この時、お母さんが無理やりだったのよね」と思い出話をする時がくるでしょう。
どんな写真でも、家族の思い出となって何十年後も語られるでしょう。今、玄関に飾っている我が家の家族写真もきっとそうなるはずだと確信しています。
福岡市フォトスタジオ 原田写真館Since1969(香椎参道通り)
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