原田写真館のブログ

お客様らしい写真をお撮りする原田写真館 | 原田太一のブログ

かけがえのない「今」、日々の生活のなかでうすれゆく過去の記憶だから、「今」をカタチに残します。

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家族写真のある生活 〜写真館でひ孫14人と米寿お祝い記念写真〜

写真館でひ孫14人と米寿お祝い写真で我が家も明るく元気に
 

 

妻の祖母が昇天して数年が経ちました。

腰を曲げて歩いてはいましたが、97歳まで長生きをして非常に元気だったお祖母ちゃんでした。

 

 

 

 

 

義理の祖母で血のつながっていない私のこともすごく大切に節してくれて、ひ孫である私達の子供達にも優しい人でした。

そんな義祖母の米寿祝いの写真は、我が家の写真棚に置いており、今でも私達夫婦やひ孫たちを見守ってくれています。

 

 

 

ひ孫14人を囲んだ白寿のお祝い写真
 

 

もう10数年も前になりますが、88歳・米寿祝いの記念に田舎の写真館で撮影した写真。

それは、私や妻、義理妹弟、妻の従妹達が義祖母を囲んだ大家族写真でした。

撮影する時、血縁関係ではない私が一緒に、米寿祝いの記念写真の中に入るのは、少し筋違いではないかと思い、遠慮をしていたのです。

しかし、普段から孫婿として気を遣ってくれていて、私も実の孫のように可愛がってくれ、この時も私を含んでの家族写真撮影となったのです。

妻と結婚して転勤族たっだ私が東北に住んでした頃も、実の孫である妻が慣れない土地で苦労しまいかと、義母以上に心配をしてくれていました。

しかも、この私に対しても、仕事で精神的に疲弊していたこともあり、優しくしてくれていたのです。

それが、ひ孫になると、さらにその優しさは大きなものになり、事あるたびに子供達にお小遣いをくれるだけでなく、義祖母手作りの野菜や果物を送ってくれていました。

私達の子供にとっては、義祖母は大好きな”ひいお祖母ちゃん”だったのです。

妻、私達孫を囲んだ米寿祝いの家族写真撮影の後に、”ひ孫”達を囲んだ米寿の記念写真。

一緒にいたひ孫は、何と14人でしたが、家族写真に収めれた義祖母の笑顔は、しわくちゃになりながらも、すごく素晴らしい笑顔で”可愛い”の一言に尽きます。

 

実の祖母との縁が薄かった私にとって心の拠り所だった
 

 

私にとっても、義祖母は非常に心の支えになってくれた存在でした。

妻と知り合う前はもちろん赤の他人であり、それまで知る由もありません。

しかし、私自身、実の祖母は父方・母方とも、物心が付いた頃には、すでに他界しており、全く縁がなかったのです。

そんな私が妻と結婚する前に、彼女の実家に挨拶に行った時に義祖母との初対面となりましたが、初めて会うなり、「あんたはすごく苦労しているね。何かあったら、私のところにも相談に”およりて”」と言ってくれました。

”およりて”とは長野県南信地域での方言ですが、”おいで”という意味。

いきなりそんなことを言われて、目を丸くしてした私だったのですが、ちょうどその頃は東京から東北に転勤したばかりで、慣れない仕事と土地で精神的に参っていた時期でした。

また、後から分かったことですが、義祖母は若い頃から義祖父(すでに他界)と一緒に飯場で働き、東北に数年間住んでいたこともあったのです。

それに加え、働くことの尊さ・大変さもよく知っており、心が病みそうになっていた私の状態を察知しての気遣いだったのかもしれません。

でも、そのおかげで結婚後、時々電話があり、励ましてくれたのです。

妻にとっても大きなお祖母ちゃん
 

 

血のつながりのない私にとっても、非常に大きな存在だったのですが、義母や妻にとっても大きな人であったことは言うまでもありません。

結婚して間もなく義父が他界した時も、娘である義母が悲しみに打ちひしがれている時に、強く叱咤激励していたくらいです。

そんな中で、妻は実の孫。

義祖母にとっては、妻は数いる孫の中でも、一番可愛い孫だったようです。

そのために、義祖母は妻が東京の専門学校に通っていた頃、経済的な支援をしただけでなく、励ましに東京まで会いに行っていたというから驚きです。

でも、一番助けてくれた時は、私達が東北にいた頃でしょう。

慣れない土地で私以上に苦しんでいた妻を優しく元気づけてくれていました。

あの頃は今のようにインターネットもなかった時代なので、毎月気遣いの手紙が臆されてきました。

そのおかげで妻も「あ祖母ちゃん、ありがとう」と涙していたのを覚えています。

義母も旦那の義父をなくして義祖母を頼りにして生活していましたが、それ以上に妻にとっても、その存在感は大きかったのだと思います

孫にとっては、優しいひいお祖母ちゃん
 

 

妻にとっては、限りなく大きく優しい人でしたが、私達の子供にとっても、さらに大きな存在となっていました。

と言うのも、3人目の子供(二男)が未熟児で生まれたのですが、その時、妻も二男も生命の危機でした。

そのために1か月以上の入院を余儀なくされました。

しかし、残された上2人の長女は幼稚園の年少さん、長男は未就学児。

しかも、私は東北管内での出張続きで、自宅を留守にすることも少なくありませんでした。

妻の様態が安定するまで、仕事を休み、子供の面倒を見ていましたが、さすがに1週間以上、仕事に空白を作ることが許されなかった時代。

どうしたものかと悩んでいた時に、救いの手を差し伸べてくれたのが、義祖母だったのです。

「すぐに子供をよこせ。私がしばらく預かってやるから」

長野から義母が迎えに来て、その後、義祖母が子供達の面倒を見てくれたのです。

当時、義母も地元の役所で働いていたこともあって、孫の面倒を見る時間がありません。

そんな時に義祖母がしっかりと、子供のお世話をしてくれました。

今振り返って、自分自身、情けない父親だと思いますが、あの時の義祖母の助けがなかったら、今どうなっていたか、ゾッとする程です。

そのために、子供達も”ひいお祖母ちゃん”のことが大好きだったわけです。

それから約1か月が経ち妻が退院、二男も2か月後に無事に退院することができました。

長野に子供を迎えに行った時、今でも和ずれないのは、あの子達が大きな声で泣いていたことです。

私と再会できたことで、泣いていたのかと思いきや、”ひいお祖母ちゃんと離れたくない”ということでした。

私にとっては、とてもおかしくもあり、うれしくもあった瞬間でもあります。

実の親よりも”ひいお祖母ちゃん”に心を寄せていたことは、良かったのではないかと。

そのために、幼稚園・小学生となり、夏休みの帰省時は必ずと言っていい程、義祖母の家に真っ先に向かわないと、私が子供達から怒られるくらいだったのです。

もう、今では成人した3人の子供達も、自分の生活が優先されてきて、家族単位で動くこと機会が少なくなってきました。

それでも、昇天した義祖母のことだけは、今でも懐かしく子供3人で昔話で盛り上がっています。

それだけ存在感のある人なのです。

私や妻、義母だけでなく、子供達も含めて、親子3代お世話になったことを忘れることはありません

米寿お祝い写真は、我が家の記念写真棚の真ん中で、今でも元気な笑顔で見守ってくれる

 

これほどまでに我が家において、私達夫婦の祖母、子供達にとっての”ひいお祖母ちゃん”の存在はとても大きくなるとは、思ってもみませんでした、

義母が実家で1人暮らしをしなくてはならなくなった時に手助けをしてくれだ母親であり、妻と私が東北在住で来る聞くなった時に、精神的な支えとなってくれた祖母。

そして、幼い時に子供達に相手の手を差し伸べてくれた”ひいお婆ちゃん”。

いくつになっても、義祖母の存在はすごく大きいのです。

そして、米寿のお祝いの時には、他の従妹・兄弟・ひ孫が集まり、全員が全員、”大きなお祖母ちゃん”として、慕っていたのが分かります。

もう今はあの元気な姿を見ることはできません。

でも、最後の最後まで言っていたと妻の従兄から聞くことができました。

「わしにとって、孫とひ孫が何よりの宝。いつまでも健やかに大きくなっていって欲しい」

これが、義祖母の子供達の残した言葉だったのです。

義祖母が生前、私にこう言いました。

「わしが亡くなったなら、顔だけは拝みに来てくれや」

「何、縁起の悪いことを言ってるんですか。もっと長生きしてください」

こんなやりとりをしていたのですが、それから数か月後に天国に召されていったのです。

しかし、義祖母が湿っぽいことが体嫌いな性格。

優しく賑やかなことが大好きな人でもありました。

そのために義祖母の葬儀の時も、思い出話で親戚一同盛り上がっていたのです。

子供達も言います。

「ひいお祖母ちゃんは、今でもこの近くに、ちょこんと座って、私達といっしょにご飯を食べてる感じがする」

今でも、やはり大きく身近な人なのです。

そして、今でも我が家の記念写真棚の真ん中で、私達を見守ってくれている気かしています


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