お客様らしい写真をお撮りする原田写真館のブログ



お客様らしい写真をお撮りする原田写真館 | 原田太一のブログ
かけがえのない「今」、日々の生活のなかでうすれゆく過去の記憶だから、「今」をカタチに残します。
その写真は日々の暮らしの中で家族みんなに笑顔を与えます。家族みんなの気持ちを優しくします。家族の証となります。

親族が集まって写真館で米寿祝い写真を撮りました。その写真は、今でも大切に飾られています。笑顔が集まる一枚は、いつまでも私たちを見守り、支えてくれます。
写真とは、あたりまえにあるものですが、特別な一枚があります。それは、大好きな家族が笑顔で写っていたり、非日常のメンバーが集結していたり、そのときにしか撮ることができないものがあります。何気なく、目にするものですが、それがあることで、心が強くなれることがあります。幸せとは、ほんのささやかな家族の笑顔が源になったりしています。
「いつ、だれが帰ってくるのか?」と、遠くへ嫁に行った妹や、めったに会わない親族の帰省予定も気にしはじめ、祖父ながらにわくわくしている様子でした。
日ごろから、「もう長くはない」というセリフが口癖だった祖父ですが、自分のためにみんなが予定を立ててくれる姿には、喜びを感じていたと思います。
歳をとってくると、だんだん自分のことすらできなくなってきます。普段から、家族に手間をかけさせてしまう上に、お祝いまでしてもらって申し訳ないという気持ちがあったのかもしれません。
でも、今まで生きてきてくれただけで、ありがたいことです。今、ここにいてくれるだけで、それが素晴らしいことです。
きっと、口には出さなくても、みんな長生きしてもらいたいと思っています。その気持ちが、みんなの行動で、少しでも祖父に伝わっていればいいなと願うばかりです。
めったに会わないため、近況がよくわからなかった親族が妊娠していたり、甥っ子や姪っ子が大きくなっていたり、思いがけず従妹が歳をとっていたり、会ったからこそ感じられることがたくさんありました。
それは、私だけではなく、集まった全員が感じたことだと思います。
また、もしかして、米寿のお祝いをしなかったら、次にこのメンバーで集まるのは、お葬式だったかもしれないと思うと、長寿祝いとは、本当にやるべきものだと心から思いました。
一番高齢な祖父のためだと思うと、やはり言葉にならない思いがそれぞれにあるのだと思いました。
できることは、全部やろう。という雰囲気の中で、みんなで写真館で米寿祝い写真を撮ろうという、ごく当たり前のことを嫌がる者はいませんでした。
みんな、忙しい毎日の中で、幸せな時間は大切にするものなのだと思います。そして、その瞬間を、少しでも鮮明に覚えていたいものかもしれません。
このような機会がなければ、酒を酌み交わすこともないだろうメンバーが、仲良く隣で笑っていました。また、従妹が結婚を考えていることや、進路の話、進学の相談などもしました。
このとき、根本にあったのは、みんなお祝いの気持ちです。嬉しいシーンでは、みんな心も顔も明るくなります。「長寿祝い」というお祝いは、本当に素敵です。どの世代であっても、必ず歳はとります。そして、老いていきます。老いは、悪いもののようにとらわれますが、実際は、この世の中を生き抜いてきた素晴らしい偉人となっていくものです。
きっと、長寿祝いをしたことで、私が知らなかった家族間のわだかまりも、少し亡くなったのではないかと思います。
家族が元気で長生きしてくれるということは、何よりも、ありがたくて尊いことだと感じました。
写真を撮った後は、家に戻ってささやかなパーティーをしましたが、そのとき、米寿祝い写真を飾る位置を雑談でみんなで決めました。
その後、写真ができると、参加した親族全員に写真を送りました。写真をしっかりと製本にして仕立てると、金額がかかりますが、あのひと時を綺麗におさめられたかと思うと、不思議と「撮ってもらえてよかった」とありがたく思いました。
我が家では、みんなで決めた居間の欄間に飾りました。居間なので、誰か来るたびに目に入り、いつまでも私たちを見守ってくれている感じがします。
私も、何かにつけて実家に帰ると、その米寿祝い家族写真を見ます。辛いとき、その写真を見ると、笑顔の祖父がいて、なんど心の支えになってくれたことかわかりません。
誰もが、きっといろいろな思いを秘めて生活していく中で、家族写真を眺めるときがあります。そして、写真のなかの笑顔を見て、また立ち上がるのだと思います。
額に入って、高く飾られた米寿記念写真は、ほかの写真が増えても、取り外されることはありません。孫の出産、小学校入学や、妹の結婚式など、節目の写真はたくさんあります。しかし、長寿祝い記念写真の場所はそのままで、周りにどんどん写真が増えるばかりです。
思い出は、買うことはできません。しかし、その一瞬を、このようにきれいにいつまでも眺めることはできるのです。
祖父は、今は他界してしまいました。しかし、96歳の大往生でした。当時、88歳の米寿のお祝いでしたので、もう、すでに大満足でしたが、さらにより良い人生でした。
当時、実は膀胱がんを患っていました。しかし、歳も歳だし、言ったら悲観してしまうからという話し合いの結果、祖父には病気の事実は告げませんでした。でも、老化のためか、がんの進行もゆっくりだった様で、痛みも症状もほとんどありませんでした。
私たち家族の中では、告知をするかどうか悩んだ時期でしたが、結局、本人を苦しめることもなく、ずっと笑顔で写真の中にいる祖父を見られることは、とても幸せなことです。
写真とは、その時は当たり前の瞬間ですが、鮮やかにいつまでも一瞬を残してくれる宝物です。あのとき、内祝いだけで、写真館に行かなければ、今、写真を見て当時を思い出すことはできません。
また、写真館のあの撮影現場で、何度も並び方を直されたことや、途中で赤ちゃんが泣いてしまったこと、笑顔が不自然で困ったことなど、鮮明に思い出されます。
思い出は、いつまでも心にありますが、「写真」とは、事実を伝えてくれるとても有効なツールです。
その時、その時の時間を止めたかのような一枚は、私たちの生活にとても潤いを与えてくれます。写真館で撮った写真は、やはり特別なものとして、すべての家庭で大切にされます。そのわけは、誰にとっても、かけがえのないものと変わっていくからだと思います。
これからも移り行く時間の中で、もう祖父はいません。しかし、実家の居間には、いつまでも元気な祖父が笑っています。
遺影とは全然ちがう、若い祖父が、その米寿祝い写真にはいるのです。高齢になったお祝いは、その年齢まで元気に生きてくれたことへの感謝の気持ちが大切です。今まで、ずっと家族のために生きてきてくれてありがとう。そして、今もなお、元気でいてくれてありがとう。これからも、ずっとずっと元気で長生きしてください。という、家族の思いを伝えるためのお祝いだと思います。
もう、時を戻すことはできません。しかし、あの時、みんなで集まって、米寿祝い記念撮影をして、祖父が喜んだことは、一生の思い出です。
今後も、写真館での撮影を続けていきたい行事です。
福岡市フォトスタジオ 原田写真館 Since1969 (香椎参道通)り)https://www.harada1969.com